2008年02月07日

「恋空」は「小説の占い化」への実験として見たほうがいいのかもしれない

もはや言葉の「透明」さは失われている以上、もはや小説の中の言葉という「絵の具」だけで、なんらかの「リアル」を伝達することはできない。それゆえ「ケータイ小説」は、「私小説」ではなく、端的に「実話をもとにしたフィクション」――東氏の「半透明」という表現を借りるならば、それは「半実話」――として書かれ、読まれているのだ、と。

……


(『恋空』を読む(1):ケータイ小説の「限定されたリアル」 WIRED VISION)


「半実話」という方向性は「リアル」の伝達のため・・・

なるほど。

そうなると、「心理学的な計算に基づいて受け手にアプローチ、実験を試みている」という想定も検討に値しますかね。

「リアルさの認知・伝達」について研究するのが心理学、という見方もできるんじゃないかと思うのでちょっと書いてみます。


小説において限定的なリアルというものを想定する作業は、実際のところまだかなり難しいものだろうと思われます。
(まだ経験値が無い、ということ)

だからこそ、「恋空」にはありとあらゆる「これまで効果の高かった」悲劇や感動のテンプレートがちりばめられたのではないでしょうか。

「受け手のリアルを想定するのが難しいなら、とにかく心に引っかかったらリアリティを感じるであろうことを目一杯提示する」という方法論です。

心理学的な・・・占い的な、と言った方がわかりやすいかもしれませんが、
心の隙間に入り込むための方法論の発掘・開発と、その効果の学術的確認という作業が心理学の分野では連綿と行われてきました。
(その方法論の今現在での究極は催眠術であり、占い・霊能力などでしょう)

これまでに研究された、心の隙間に入り込む方法論のうち
何が使えるのか、何が使えないのか。使えるとしたらどういう使い方が有効なのか

その確認作業の一環として「恋空」が出てきたのかもしれません。
これは作者側の意図もあったでしょうし、「リアル」という概念が
細分化してしまったことへの現場の不安感がプレッシャーとなって
そうさせたというのもあるでしょう。


多少乱暴な確認作業であった感は否めませんが、実際のところそれは「恋空」のベストセラー化という形で非常に大きな成功を収めた、
とのではないかと思います。

「恋空」の結果を分析し(もちろん分析するのは出版社側)、より効率的な(かつ受け手にわかりにくい)方法論へ昇華させ、テンプレート化する。

そうすることで「半実話」がより「実話」へと近づいていくわけです。

ちょっと回りくどい言い方になってますが、気にしない。
要するに、「恋空」はただの「何でもあり私小説風フィクション」ではなくて、
より焦点を絞った「読み手」に対する心理学的なアプローチの仕方の確認をしている。
もっと言えば、小説に占いのような「受け手が本当だと信用してくれるウソのつき方」を持ち込もうとしているんじゃないか、と思うわけです。

もちろん、小説はいい意味で「ウソの世界」であって、読み手の想像力を喚起することを目的・手段として持っています。

けど「恋空」に関しては、個人的にどうしてもウソのつき方に疑問がありまして。

これまでの「小説の世界を現実的に想像させる」というやり方ではなく
小説を読み手の現実と同化させる」というやり方に見えてしまうんですね。

それが「一緒じゃないの?」と言われてしまえばそれまでですが。

どうも「恋空」をベストセラーにしたことで、小説を(良い悪いは別として)大きく変化させる手助けをしているんじゃないか、という考察が無いようなので書いてみました。
posted by fukusuke21 at 06:19| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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